遺言は、「遺言者の生前の意志を死後において実現させるもの」です。それはすなわち、法で定められた相続関係(法定相続)を変更することであると言えます。
遺言でできることは相続割合の変更だけでなく、他にも色々なことができます。しかし、何でもできるというわけでもありません。
遺言事項は法によって定められており、代表的なものは下記のようになります。
このように、遺言では実に様々なことができます。生前になされたのでは紛争が生じてしまうような事項については、生前には言わず、敢えて遺言で事実を明らかにする、という方法もあります。
しかし、それだけ重要な意思表示の場であるだけに、遺言として成り立つための要件は非常に厳格に定められています。せっかく作成したのに、要件を満たしていないばかりに法的に無効になる、ということもありえる話です。
なお、遺言書に上記遺言事項以外のことを記載した場合、法的効力は発生しませんが、記載すること自体は可能です。遺言書に日頃の雑感や詩文、想いを書き連ねることは特に妨げません。
遺言を残さないと、民法に定められている法定相続による画一的な遺産相続となります。「自分の財産はこの人に渡したい」と思っていても、その人が法に定めるで相続人の立場に無ければ、自分の財産を譲り渡すことができなくなってしまいます。一生かけて築き上げた財産を思い通りに分け与えることができないのは、なんとも口惜しいものです。
そこで、遺言を残しておいた方がいい例をいくつか挙げてみます。
子どもがいない場合、相続人は配偶者と、直系尊属(親)または兄弟となります。
相続人が不在の場合、その遺産は最終的には国庫に帰属します。つまり、国のものになってしまうのです。
内縁の妻や未認知の子は、民法上の相続人に該当しません。そのため、遺言なしの相続では遺産を譲り渡すことができません。
民法に定める相続人以外の人(近所の人や知人など)に譲り渡したい場合も、前項と同様に相続人たる資格がないため、遺言で指定しないと遺産を渡すことができません。
遺言がない場合、その遺産の行方は相続人全員による遺産分割協議に委ねられます。この分割協議は、全員が同意しないと成立しません。つまり、一人でも「納得できない」と言ってしまうと、協議は成立しないのです。調停や裁判による解決があるとは言え、大変な時間と労力を費やすことになってしまいます。
遺言によって自分の遺産の行く先を自分で決めておくことで、その先のトラブルを回避しやすくなることが期待できます。
遺言は、自分の死後に自分の意志を残すことです。
形式 | 検認手続 | 特徴 | |
自筆証書 遺言 |
自筆で全文・日付・氏名を記載し、 押印する。ワープロ不可。 |
必要 |
簡単だが偽造変造の恐れあり。 費用は抑えられる。 |
公正証書 遺言 |
公証役場で口頭で内容を伝え、公証人が書く。 本人・公証人らが署名・押印し作成。証人が2人 以上必要。 |
不要 |
手間・費用がかかる。証拠力 が高く執行も迅速にできる。 |
秘密証書 遺言 |
自分で作成・封印した遺言書を公証役場に提出し 公証人が遺言と証するもの。証人が2人以上必要。 |
必要 |
遺言内容が秘密にできる。 遺言の存在を明確にできる。 形式不備があれば無効になる |
遺言は、法で定められた相続関係(法定相続)を変更することができます。
主に以下の事柄を指定できます。
遺言がある場合は、遺言の内容を踏まえて相続手続きに入ることになり、遺産分割についても遺言の内容どおりに決まってしまうのが基本です。
遺言があるにもかかわらず、それを無視して遺産分割協議をすることは、厳密にはできないことになっています。ただ、実務上、相続により利益を受ける相続人全員が合意すれば、遺言の内容とは異なる遺産相続ができます。
なお、「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者」は相続の欠格として相続人ではなくなってしまうので、遺言を隠したり破り捨てたりするのはNGです。
遺言が無い場合は、法律に定められた相続人が遺産を相続することになります。このとき、相続人が複数いる場合、遺産は相続人全員の共同相続財産となります。この相続財産をどのように分配するかを決めるのが遺産分割協議です。読んで字の如くですね。
遺産分割協議には、相続人全員が参加します。全員が一堂に会する必要はありませんが、協議をまとめるためには全員の合意が必要です。多数決では決めることはできず、1人でも同意しない場合は協議が成立しません。
協議がまとまったら、遺産分割協議書を作成します。通常、この協議書を作る際には、相続人全員が実印を押印し、印鑑証明書を添付します。
遺産分割協議書は、不動産の名義変更(相続登記)の際に必要となります。
遺産分割の割合について、遺言による相続分の指定がない場合は、法定相続分による相続となります。その割合は下表のようになります。
相続人 | 法定相続分 |
---|---|
配偶者と子 | それぞれ2分の1 |
配偶者と直系尊属 | 配偶者が3分の2、直系尊属が3分の1 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1 |
同順位の相続人が複数いる場合、各自の相続分は均等になります。
遺留分(いりゅうぶん)とは、一定範囲の相続人(配偶者、子、直系尊属)に被相続人の財産の一定割合を確保できる地位を与えることです。
遺言者は、原則として遺言によってその相続財産を自由に処分することが認められています。しかし、その自由を無制限に認めてしまうと、本来の相続人の期待を無視する結果となってしまうことがあります。そこで法は、遺留分を定め、その範囲で遺言の自由を制限しています。遺留分は、「法定相続人に残されるべき最低限の相続分」といえます。
直系尊属のみが相続人である場合 | 遺産全体の3分の1 |
---|---|
その他の場合 | 遺産全体の2分の1 |
遺留分を侵害された相続人は、遺留分減殺(げんさい)請求により、その侵害された限度で贈与または遺贈の効力を取り消して、その目的物を取り戻すことができます。ただし、この減殺請求権は、遺留分の侵害を知ったときから1年、あるいは相続の開始から10年が経過すると、時効によって消滅します。
相続人の中で、被相続人から特別の利益(特別受益)を受けた者がいた場合、その特別の利益を無視して残された遺産を単純に法定相続分どおりに分けると、相続人の間で不公平が生じます。
そこで、相続における実質的公平を図るため、特別受益を受けた相続人(特別受益者)は、遺産分割で承継するべき財産を前渡しされたものとして考えます。
なお、特別受益に該当するものについては範囲が決まっており、
これらだけが該当します。生前贈与の全てが特別受益に該当するわけではありません。
その相続人が遺産分割にあたって受けるべき財産額の前渡しを受けていたものとして考えます。
相続人の中で、被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした者については、相続における実質的公平を図るため、相当額の財産を取得させる寄与分の制度が設けられています。
これは1980年(昭和55年)の民法改正で設けられたもので、翌年以降に相続が開始した遺産分割に適用されます。
寄与分が認められるのは、相続人が被相続人に対して以下のようなことを行っていた場合です。
なお、寄与分を主張できるのは相続人に限られます。
相続が開始されると、相続人となった人はまず最初に、その遺産を「相続するかどうか」の選択を行います。その選択肢の1つとして相続放棄があります。相続放棄とは、被相続人の遺産を一切承継しないようにすることです。
「相続するかどうか」の選択肢には3つあります。この中からどれか1つを選ぶことになります。
被相続人が残した財産を全て相続します。これには借金等のマイナスの財産も含まれます。一般的に「相続する」といった場合は、この単純承認であることがほとんどです。なお、単純承認の場合、特別な手続きは要しません。(何も手続きしないと単純承認したことになります。)
「限定」と名の付くように、一部だけ財産を相続するものです。プラスとマイナスの遺産を合計し、プラスが上回った場合は、その上回った分だけ相続します。プラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いか分からない場合に利用されます。
相続財産を、プラスマイナスを問わず、一切承継しない方法です。マイナスの財産の方が明らかに多い場合や、プラスの財産があっても自分は相続しなくてもよいとする場合等に用いられます。
遺産の全部または一部を処分した場合や、遺産の全部または一部を隠蔽していた場合は、単純承認をしたとみなされる場合があるので注意しましょう。なお、葬儀費用を被相続人の相続財産から支払った場合は、これに該当しないという判例があります。
相続放棄をすると、その者は最初から相続人ではなかったものとみなされます。第1順位の子が全て相続放棄した場合は、第2順位の直系尊属が相続人となります。同様に、第2順位の相続人が全て放棄すると、今度は第3順位の兄弟姉妹が相続人となります。
被相続人の遺産について、誰も相続したくない(全員放棄したい)場合は、配偶者と第1順位~第3順位の相続人全員が相続放棄の手続きを行う必要があります。
相続放棄は、相続開始を知ったときから3ヶ月以内に、家庭裁判所に申立を行う必要があります。
なお、相続放棄が受理されると、特別な理由が無い限り、相続放棄を取り消すことはできません。
相続放棄をした者は、最初から相続人ではなかったものとみなされるため、代襲相続は起こりません。